スキップしてメイン コンテンツに移動

2020.9.5-13

 9月5日(土)

 ウオーキングに出たら汗はかいたが涼しく感じた。キュウリ(130)オクラ4(315)シシトウ(216)万願寺唐辛子2(73)、ミニトマト1(61)鷹の爪9(153)唐辛子の葉(39g)バジル。


9月6日(日)

 いつもよりは約4時半に起きて、朝食後ウオーキング。その後町内の掃除。台風10号が九州に近づいている。大きな被害にならないことを祈る。ワイヤレスマウスの動きが悪くなったので電池を替えた。買って1年で消耗した。一方ワイヤレスキーボードの方は、裏を見たら2010年製のようなので10年使っているが、確か1回しか電池を替えていない。マウスは光学マウスなので電気を使うのかな。キーボードは電源も入れっぱなしなのにすごいな。F3を2点とSMを4点進めている。風景画。そのうち6点は海や川がある。もう一つ気づいたのは、構図がどれもほぼ同じ和居合いで大きな分割線が入っている。これは計算したのではなく、完全に感覚だ。しかし、横に並べてみると繋がっている。


9月7日(月)

 昨日は乾いた油絵の具の上からアキーラで仕事をしていた。やはり、アキーラだけだとあまり芳しくないのだが、油絵の具と併用して、油絵の具の上から使うと、アキーラの発色や艶消しに仕上がる様子が艶のある油絵の具と艶をまだらに仕上げるので、面白い効果となる。明らかに油絵の具だけ、アキーラだけとは違う効果が出る。油絵の具では細い線は描きにくいし、素早さのあるブラッシュストロークは水性の絵の具でないと出ない。

 今日は半日勤務。台風10号が現在長崎付近にいる。こちらでも風や雨が激しい。雨が止んでいたのでゴミ捨てに行ったら、帰りにポツポツしだし、途中からバケツをひっくり返したような土砂降りになった。靴の中まで濡れてしまった。

 仕事の帰りに久しぶりに豊軒飯店でお昼を食べた。だいぶ皆、コロナウィルス対策になれてきた感じがした。家に帰り買い物に行き、夕食の下準備をしてからアトリエへ。風景画7点がかなり仕上がってきた。


9月8日(火)

 1日勤務。帰ってきてからウオーキングした。娘がローストビーフを作った。


9月9日(水)

 ウオーキング、洗濯、昼食は万笑庵で、その後買い物。肉じゃがを仕込む。夕方絵を描き夕食を仕上げる。


9月10日(木)

 寒くて夜中に目が覚めた。最低気温が22度ほどだったらしい。1日勤務。


9月11日(金)

 ウオーキングから帰って洗濯。干したら雨が急に降ってきて大慌て。午後晴れたので干し直した。洗濯の後は掃除。その後、明後日、新制作のZOOMのテストをかねて座談会があるのでZOOMをインストールした。お年寄りはできるかなあ。昼食後買い物をかねて、ギャラリーdziで今日から始まった「女流展」を見に行ったら、このギャラリーで10月に展覧会をする、久田先生に会った。お元気そうだった。私の展覧会も3月に決まった。DMのことや看板のことなど、前回は自分でしたことが、ギャラリーの方で手配してもらえるらしい。とても助かる。コロナのことで新制作展もなくなり、沈んでいた気持ちが少し晴れた。


9月12日(土)

 ウオーキング後にアトリエに入る。午前中はのんびり過ごす。いつもなら、土日は妻が夕食を作るが、疲れているし午後も仕事に出かけると言ったので、今日も私が夕食を作ることにした。昼食後買い物に出かける。明日のZOOM会議のメールが来た。初めてなのでよく分からないが楽しみだ。


9月13日(日)

 ウオーキングに行こうと思ったが、母が廃品回収を出そうとしていたので、時間まで待っていたら雨が降り出して止まなくなった。仕方がないのでアトリエでワークアウトした。午前中はのんびりと過ごし昼食後ZOOMの準備をした。ZOOMでのこれまでの経過報告を兼ねたテスト会議。面白かった。バーチャル展覧会も楽しみだ。



コメント

このブログの人気の投稿

無事に個展が終了しました

  コロナ禍の中、無事に個展が終了しました。多くの方にお忙しい中をご覧頂いたことに、心より感謝申し上げます。  個展の作品と会場風景の動画を、ギャラリーdziのオーナーの義娘さんがつくってくださり、新制作協会の事務所を通してYOUTUVEにアップして頂けました。「高橋正樹絵画展」「新制作協会絵画部」「髙橋正樹 絵画」などで検索して頂くと見ることができます。

2019年8月26日(月)

 今日から母と旅行に出た。夕べ9時に寝たら、朝3時に目が覚め5時30分に出発。途中2回休憩し、2回目の休憩で牡蠣の串焼きゆず醤油味を食べた。昼過ぎには600キロ走って、広島県呉市、音戸ノ瀬戸に到着。驚いたのは山陽道から呉市までのバイパスが信号が無いのに一般道だったこと。しかし、山陽路はこういう道路が多い。音戸大橋を渡ってすぐの観光案内所の4階のレストランで食事した。網元が経営しているとのことで、刺身がうまかった。ヒラメの縁側、ひらめ、はまち、どれも少しだったが味、歯ごたえともなんとも言えないくらいうまかった。その後、幼稚園の年長から小学校2年まで過ごした家の場所を見に行った。もうその社宅(テラスハウス)は無かった。地形から考えて、現在消防署になっている辺りだと思った。母は父が仕事で建設に関わった工場が廃墟のようになっていたことにショックを受けていた。私が通った坪ノ内小学校も見てみた。小学校は崖の上にあり給食の前に廊下の手洗いで手を洗うときに見ていた風景(大きな工場の屋根がいっぱい並んでいる)を見て、記憶がよみがえってきた。高炉がたくさんあるのだが、最近絵を描くときに高炉に惹かれる理由も分かった。小さい頃から見ていたのだ。母と懐かしさに浸りながら大和ミュージアムに行った。海上自衛隊と造船の町だ。母は呉の町の変わりように驚いていた。私は学校の通学路などの記憶しか無い。駅周辺は覚えていない。  その後、尾道に直行し、コンビニに寄った後、尾道国際ホテルに入る。「本日はバリアフリーのお部屋をご用意いたしました。」と一応アップグレードしてもらったようだ。しかし、部屋は広めなのだが、サニタリーに向けてスロープが作ってあり、そのスロープに沿って壁が作ってあるため、申し訳ないがホテルと言うよりどこかの施設にいるようで落ち着かなかった。ただし風呂も広めで、湯船の外で体も洗えるようにしてあり、そのあたりはよい。洗面台も独立している。しかし、ソファーも椅子も無いので、ベッドに座るしか無い。夕食まで時間があったので、歩いて港に行き3枚スケッチした。  6時30分から夕食。10品の和会席だ。アワビの焼き物がうまかった。お造りは昼においしすぎるのを食べたせいか、比べてしまった。仲居さんにとてもお年を召した方がいて、話していたらなんと87歳とのこと。感服した。