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2019.11.03-4

11月3日(日)
 いつもより遅く6時頃に目覚めた。朝食後ウオーキング。昨日同様距離を短くしてアップダウンの多い道を歩いた。その後アトリエへ。昨日貼り付けた寒冷紗の上にブラックジェッソを塗った。その後、昼食を兼ねて外出。かつやに行って、ソースカツ丼を食べた。初めてかもしれない。これにサラダを足すとロースかつ定食とそんなに変わらないかも。その後ホームセンターに行って、小さいサイズのパネルが額に納まる厚さの木材=木枠の代わりを探した。10mm×20mm(長さは18300mm)が200円ほどで買えることが分かった。8本買った。木枠を含めたキャンバスよりは遙かに安い。コンビニで切手を買いアトリエに直行。第83回新制作絵画展名古屋展の案内状を手書きした。結構手が疲れたが、これは手書きがよい。足を運んでいただくかもしれないのだから。自分の住所名前のゴム印があって助かった。去年までは忙しすぎて、ろくに案内も送れなかった。誤解を招くといけないので去年までも今の3分の1は送っていたことを書いておく。
 サイズをきちんと切ったパネルはジェッソ塗りを進めてよいが、切り出し前の板にこれ以上ジェッソを塗ると捨てる部分も多い。サイズに合わせて切ってしまって今日買った木枠をつけた方がいい。片面だけ寒冷紗を貼りジェッソを塗ったり乾かしたりすれば反るに決まっている。
 丹波篠山の姪が今日、原田の森ギャラリーで開催中の新制作展に行ってくれた。結構混雑していたらしい。うれしい。大阪への旅行の途中で寄ってくれたらしいが、ありがたいことだ。
 ホームセンターで木材と一緒に苦土石灰と培養土、正月菜(小松菜の一種だが愛知県ではこれだけを雑煮に入れる。それ以外の具は入れない。「菜(名)をもち(餅)上げる」という武家の縁起担ぎから来ている。私たち愛知県人は、これの入っていない雑煮は雑煮ではない。他の物を入れてもいけない。花かつおだけはよい)の種を買ってきた。プランターを5つほど耕して苦土石灰を混ぜた。夕飯は山本屋の味噌煮込みうどんをおばあちゃんがくれたので、妻が一人分ずつ順番に作った。やっぱりうまいが、麵は固い。知らない人は生で煮えていないと思うだろうがこれが山本屋の麵だ。ただし、他の店では柔らかい麵なので、名古屋の味噌煮込みうどんは麵が固いわけではない。山本屋の味噌煮込みうどんは麵が固いだけだ。

11月4日(月)
 今日は振替休日なので月曜日がいつも休みの私にとっては、なんだか少し損した気分。朝の距離の少し短い、アップダウンの多いウオーキングにも慣れてきた。階段が楽になったが、少し体重が増えた。たぶん下半身の筋肉が少し戻ったせいだ。
 自作のF-0、SM、F-3、F-4のキャンバスサイズ枠を使い、F-0を6枚、SMを4枚、F-3とF-4を各2枚切り出して木枠をつけた。その後ブラックジェッソを2回塗った。ブラックジェッソが乾かす間に、プランター3つに苦土石灰を入れて混ぜ、昨日苦土石灰を入れたプランター2つの上に培養土を乗せて、そこに正月菜の種をまいた。1週間ごとに2つくらいずつまいていけば、収穫期がずれて冬中楽しめそうだ。鍋に入れてもうまい。名古屋人のソウル野菜。

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