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2019.10.29(丹波篠山)

 1泊で丹波篠山に行った。2日目に神戸の原田の森ギャラリーに行って、新制作神戸展に顔を出して帰ってきた。丹波篠山に行った理由は姪が丹波篠山に住んでいて、母が「孫に会いたい」と言ったからだ。
 7時20分頃に家を出た。伊勢湾岸から新名神に入り、鈴鹿サービスエリアで神戸展の手土産を買おうと思ったが、まだ土産物屋が開いてなかった。雨だった。土山サービスエリアは人が多く土産物屋も開いていた。そこからは新名神、名神から京都縦貫道に入りナビの指示に従い一般道に入った。あまり早く着いても困ると思い、道の駅に寄り道した。黒豆や黒豆の枝豆、枝豆や栗を使った加工品など、愛知では食べられないものを多く売っていた。どんなものを売っているのかか目安をつけたので、丹波篠山に向かった。今日の宿の「近又」の駐車場に車を停めた。「懐」と言う店に入り、松茸の土瓶蒸しと松茸ご飯のセットを食べた。母は膝が悪かったのであまり歩けなかったが、最近リハビリと薬の効果が出てずいぶん歩けるようになった。元裁判所の「丹波篠山市立歴史美術館」に歩いて行った。そこで他の3施設と共通(4施設分)の入場券を買った。そこから篠山城の方へ向かったが途中和菓子店や土産物屋などを見て回った。篠山城の大書院を見て、丹波篠山市立青山歴史村に行った。そういえば、愛読書の「酔いどれ小籐次」に出てくる青山忠裕の名がお城の碑にあった。いろいろ調べていくと東京の「青山」の地名とも関係があるらしい。
 チェックインまでに時間があったので、車で市内のスーパーに行って、飲み物やつまむものを買った。土産物屋にも行って、ホテルにチェックイン。なんと今日の宿泊は私たちだけだった。なので、2つある風呂場のうち片方を我が家貸し切りにしてくださるとのことだった。この旅館には昭和59年に今上天皇が浩宮時代に泊まっている。中庭、奥の庭ともよく整備されていて美しい。部屋は図書館をもした部屋。丹波篠山にかかわる本が集めてあり、テレビはプロジェクターで映画館のようだ。とても快適。ビールを飲んでから風呂に行った。2つある風呂の浴槽のうち、片方は大瓶に、温泉ではないお湯を掛け流しにしてあった。私一人だけにはもったいないので止めた。7時前に姪から電話があり、今から車で来るという。「駐車場はあるの」と尋ねられたので「お店の横の細いところ」と答えたら「あー、分かった」と言った。付く頃に出迎えて駐車場に誘導。食事は建物の億から一度外に出て蔵を改造した離れに用意されていた。姪に話を聞くと、仕事でよくこの店の社長を打ち合わせをするらしい。「そこのガラス張りの部屋で会うよ」と言っていた。仲居さんとも顔見知りで、仲居さんは「建築のデザイナーさん」と言っていた。最近1級建築士の試験を受けたらしい。旅館に隣接して、和食の店があり、道を挟んで向かい側には蔵を改造した串焼き屋も経営している。姪の話だと他にもたくさん物件を買って、改装して商売をしているやり手の女性社長らしい。丹波牛のしゃぶしゃぶを食べた。姪は食後「図書館の部屋」に来て、10時に表に鍵がかけられるので、それまでくつろいで帰った。図書館の部屋を見て「あの社長さんならやりそう」と言っていた。見送りに出たら、霧だった。もう一度風呂に行って寝た。
 丹波篠山、とてもいいところ。



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2019年8月26日(月)

 今日から母と旅行に出た。夕べ9時に寝たら、朝3時に目が覚め5時30分に出発。途中2回休憩し、2回目の休憩で牡蠣の串焼きゆず醤油味を食べた。昼過ぎには600キロ走って、広島県呉市、音戸ノ瀬戸に到着。驚いたのは山陽道から呉市までのバイパスが信号が無いのに一般道だったこと。しかし、山陽路はこういう道路が多い。音戸大橋を渡ってすぐの観光案内所の4階のレストランで食事した。網元が経営しているとのことで、刺身がうまかった。ヒラメの縁側、ひらめ、はまち、どれも少しだったが味、歯ごたえともなんとも言えないくらいうまかった。その後、幼稚園の年長から小学校2年まで過ごした家の場所を見に行った。もうその社宅(テラスハウス)は無かった。地形から考えて、現在消防署になっている辺りだと思った。母は父が仕事で建設に関わった工場が廃墟のようになっていたことにショックを受けていた。私が通った坪ノ内小学校も見てみた。小学校は崖の上にあり給食の前に廊下の手洗いで手を洗うときに見ていた風景(大きな工場の屋根がいっぱい並んでいる)を見て、記憶がよみがえってきた。高炉がたくさんあるのだが、最近絵を描くときに高炉に惹かれる理由も分かった。小さい頃から見ていたのだ。母と懐かしさに浸りながら大和ミュージアムに行った。海上自衛隊と造船の町だ。母は呉の町の変わりように驚いていた。私は学校の通学路などの記憶しか無い。駅周辺は覚えていない。  その後、尾道に直行し、コンビニに寄った後、尾道国際ホテルに入る。「本日はバリアフリーのお部屋をご用意いたしました。」と一応アップグレードしてもらったようだ。しかし、部屋は広めなのだが、サニタリーに向けてスロープが作ってあり、そのスロープに沿って壁が作ってあるため、申し訳ないがホテルと言うよりどこかの施設にいるようで落ち着かなかった。ただし風呂も広めで、湯船の外で体も洗えるようにしてあり、そのあたりはよい。洗面台も独立している。しかし、ソファーも椅子も無いので、ベッドに座るしか無い。夕食まで時間があったので、歩いて港に行き3枚スケッチした。  6時30分から夕食。10品の和会席だ。アワビの焼き物がうまかった。お造りは昼においしすぎるのを食べたせいか、比べてしまった。仲居さんにとてもお年を召した方がいて、話していたらなんと87歳とのこと。感服した。

9月23日(月)

 今日は秋分の日。台風17号の影響で風が強い。朝から雨も降っていて、南風が吹き蒸し暑い。今日は予定が無いので、絵を描いたり、歩いたり、草取りをしたりしたい。  午前中に蝶を4羽描いた。都合15羽を描き上げたので、午後はパネルから切り出した。 気温が高いので草取りはやめた。夕食後ウオーキングに行こうかな。

2019年7月7日・8日

7月7日(日)  七夕だ。夜中は寒かった。いつもだともっと暑いなあと思いながら起きた。8時から町内の掃除があるのでよろしくと妻が言っていたが、間違いだった。雨が降っていたので、どちらにしてもなかったと思うが。参議院選挙が近いので党首会談が朝からいろんなテレビ局で行われている。政治のことはあまり述べたくないので書かないが、思うことはある。今日も昼食後にウオーキングに行った。 7月8日(月)  3日間で40キロ近く歩いた。汗をかくと気持ちがいい。体脂肪率は2パーセントほど減った。体重は1キロくらいしか減ってない。でも、以前捌けなかったスラックスが入るようになった。  ウオーキングから帰ってきて、テレビの「野菜の時間」でジャガイモの収穫をしているのを見て、「そうだ、収穫しよう」と思った。4月に芽が生えて食べられなくなったジャガイモ4つをプランターに植えておいた。明日からは雨。今日しか収穫のチャンスはない。収穫してみたら大小27個のイモがとれた。今晩食べよう。その後、アトリエで「蝶」の数の管理をした。私の絵に出てくる「蝶」は予め描いてストックしている。例年だと9月に新制作展が始まってから11月末までに集中的に描くのだが、今は時間もあるのでいつ描いてもよい。そこで、色別、大きさ別で数を管理している。エクセルで色と羽の翌幅で管理することにした。40匹のストックがあることがわかった。しかし、4月から14匹も使っている。少しずつ描きためないと。  母を買い物に連れて行くついでに、娘がバイトしている店にランチを食べに行った。その後買い物のついでに、今週末の私の退官祝いの会のお礼の土産を入れる封筒を買い、品を収めて準備した。  その後、現在制作中の3枚の絵に油絵の具でグレージングをした。もうアクリルには戻れなくなるので決断に勇気がいる。グレージングすると、やはり油絵の具のしっとり感が加わり、とても絵に奥行きと深みが出る。だから、油絵の具は扱いが面倒でも廃れない。