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8月12日(日)

 昨日は11時過ぎに家を出て兄弟子の実家に行った。ナビに兄弟子に告げられた住所と電話番号それぞれで検索してみたが、一致しない。あやしい。電話番号で検索した地点はどう見てもおかしな場所なので住所でナビスタート。約束の12時より少し早く到着。しかし、そこは大きなマンション。結局全く違う住所だった。前回5月に師の家を訪ねたときも、兄弟子は約束の時間に2時間遅れてきた。今回は少し遅れただけだったが、口から出ることを信用してはいけない。電話で連絡を取り迎えに来てもらい、兄弟子の実家に車を置いて出発。近くの天ぷらチェーン店で昼食。天丼が390円だ。私は上天丼にそばがついたのを食べた。とにかくウオーキングで腹が減っていた。それでも780円だ。落語の話などをしながら、岡崎に行き手土産を買う。コンビニでコーヒーを飲みながら雑談して時間を待った。師の家には1時間ほど滞在した。行ってよかった。 今日も朝食後ウオーキング11キロ。快調だ。体脂肪、内臓脂肪ともに減ってきた。シャワーを浴びてから妻、母、息子と一緒に墓参りに行った。息子は私が車を変えて2年半、初めて私の車に乗った。娘は高校の時の友達と下呂に旅行中。墓参りの後に大府のアピタで買い物。読書してから昼食。アトリエに入る。

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無事に個展が終了しました

  コロナ禍の中、無事に個展が終了しました。多くの方にお忙しい中をご覧頂いたことに、心より感謝申し上げます。  個展の作品と会場風景の動画を、ギャラリーdziのオーナーの義娘さんがつくってくださり、新制作協会の事務所を通してYOUTUVEにアップして頂けました。「高橋正樹絵画展」「新制作協会絵画部」「髙橋正樹 絵画」などで検索して頂くと見ることができます。

2019年8月26日(月)

 今日から母と旅行に出た。夕べ9時に寝たら、朝3時に目が覚め5時30分に出発。途中2回休憩し、2回目の休憩で牡蠣の串焼きゆず醤油味を食べた。昼過ぎには600キロ走って、広島県呉市、音戸ノ瀬戸に到着。驚いたのは山陽道から呉市までのバイパスが信号が無いのに一般道だったこと。しかし、山陽路はこういう道路が多い。音戸大橋を渡ってすぐの観光案内所の4階のレストランで食事した。網元が経営しているとのことで、刺身がうまかった。ヒラメの縁側、ひらめ、はまち、どれも少しだったが味、歯ごたえともなんとも言えないくらいうまかった。その後、幼稚園の年長から小学校2年まで過ごした家の場所を見に行った。もうその社宅(テラスハウス)は無かった。地形から考えて、現在消防署になっている辺りだと思った。母は父が仕事で建設に関わった工場が廃墟のようになっていたことにショックを受けていた。私が通った坪ノ内小学校も見てみた。小学校は崖の上にあり給食の前に廊下の手洗いで手を洗うときに見ていた風景(大きな工場の屋根がいっぱい並んでいる)を見て、記憶がよみがえってきた。高炉がたくさんあるのだが、最近絵を描くときに高炉に惹かれる理由も分かった。小さい頃から見ていたのだ。母と懐かしさに浸りながら大和ミュージアムに行った。海上自衛隊と造船の町だ。母は呉の町の変わりように驚いていた。私は学校の通学路などの記憶しか無い。駅周辺は覚えていない。  その後、尾道に直行し、コンビニに寄った後、尾道国際ホテルに入る。「本日はバリアフリーのお部屋をご用意いたしました。」と一応アップグレードしてもらったようだ。しかし、部屋は広めなのだが、サニタリーに向けてスロープが作ってあり、そのスロープに沿って壁が作ってあるため、申し訳ないがホテルと言うよりどこかの施設にいるようで落ち着かなかった。ただし風呂も広めで、湯船の外で体も洗えるようにしてあり、そのあたりはよい。洗面台も独立している。しかし、ソファーも椅子も無いので、ベッドに座るしか無い。夕食まで時間があったので、歩いて港に行き3枚スケッチした。  6時30分から夕食。10品の和会席だ。アワビの焼き物がうまかった。お造りは昼においしすぎるのを食べたせいか、比べてしまった。仲居さんにとてもお年を召した方がいて、話していたらなんと87歳とのこと。感服した。