朝のウオーキング中は大抵NHKのラジオ第1を聞いている。ある番組で論語の「40にして惑わず」の本当の意味について話していた。孔子が論語を書いた紀元前5世紀には「惑」という字はなく、正しくは「或」だったということだ。「或」は土をつけて「域」囲って「國」、つまり「区切る」という意味とのこと。つまり「不域」ではなく「不或」となり、「区切らない」ということらしい。昔の40歳は今の60歳。この頃になると、自分の人生について見切りをつけ、「こんなものか」と自分を限定して区切ってしまう。それをしてはいけない、「新しい領域での可能性を試しなさい」という意味らしい。感銘した。
家に帰ってから日曜美術館を見て、アトリエに入った。0号の背景を青に塗ってから昼食を摂りに外出。その後アトリエに戻った。
家に帰ってから日曜美術館を見て、アトリエに入った。0号の背景を青に塗ってから昼食を摂りに外出。その後アトリエに戻った。
コメント
コメントを投稿