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5月12日(日)

 6時半からウオーキングに行く。8時から町内の掃除。その後、NHKの「日曜美術館」で一遍上人の絵巻について放送していたのを何気なく見ていた。お寺にかかるはしごのついて、実際と違うと言っていた。解説では、より険しい様子を伝えるために、デフォルメをしたのではないかと言っていた。私は、それもあるかも知れないが、そうでななくて、当時の絵の「視点の位置」に注目した。絵巻のどの絵を見ても、視点が一転から描かれていないのだ。いくつかの描きやすい視点がバラバラに1枚の絵に入っている。例えば、傘をさしている人の絵では、傘の柄は手のかたちから、上から見ていることが分かるのに、傘は下から見て、傘の内側が少し描かれていた。はしごの絵を見ても、登っている人物は明らかに下からの視点だ。絵というものは、意図だけでできあがっているわけではないのに、後から勝手に解釈されることがある。私の絵の批評を読んでもそう思う。そんなこと考えてないのに、そうとらえたか・・・。どうとらえるかは見る方の勝手なので、それでよいのだが・・・。
 10時からアトリエに入る。今日は午後は中部新制作協会の会員会議が愛知県美術館で行われるので、昼食を食べたら、それに参加しに出かける。
 帰宅してから、家族で母の日の宴をし、その後エスキースを1枚描く。

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無事に個展が終了しました

  コロナ禍の中、無事に個展が終了しました。多くの方にお忙しい中をご覧頂いたことに、心より感謝申し上げます。  個展の作品と会場風景の動画を、ギャラリーdziのオーナーの義娘さんがつくってくださり、新制作協会の事務所を通してYOUTUVEにアップして頂けました。「高橋正樹絵画展」「新制作協会絵画部」「髙橋正樹 絵画」などで検索して頂くと見ることができます。

2019年8月26日(月)

 今日から母と旅行に出た。夕べ9時に寝たら、朝3時に目が覚め5時30分に出発。途中2回休憩し、2回目の休憩で牡蠣の串焼きゆず醤油味を食べた。昼過ぎには600キロ走って、広島県呉市、音戸ノ瀬戸に到着。驚いたのは山陽道から呉市までのバイパスが信号が無いのに一般道だったこと。しかし、山陽路はこういう道路が多い。音戸大橋を渡ってすぐの観光案内所の4階のレストランで食事した。網元が経営しているとのことで、刺身がうまかった。ヒラメの縁側、ひらめ、はまち、どれも少しだったが味、歯ごたえともなんとも言えないくらいうまかった。その後、幼稚園の年長から小学校2年まで過ごした家の場所を見に行った。もうその社宅(テラスハウス)は無かった。地形から考えて、現在消防署になっている辺りだと思った。母は父が仕事で建設に関わった工場が廃墟のようになっていたことにショックを受けていた。私が通った坪ノ内小学校も見てみた。小学校は崖の上にあり給食の前に廊下の手洗いで手を洗うときに見ていた風景(大きな工場の屋根がいっぱい並んでいる)を見て、記憶がよみがえってきた。高炉がたくさんあるのだが、最近絵を描くときに高炉に惹かれる理由も分かった。小さい頃から見ていたのだ。母と懐かしさに浸りながら大和ミュージアムに行った。海上自衛隊と造船の町だ。母は呉の町の変わりように驚いていた。私は学校の通学路などの記憶しか無い。駅周辺は覚えていない。  その後、尾道に直行し、コンビニに寄った後、尾道国際ホテルに入る。「本日はバリアフリーのお部屋をご用意いたしました。」と一応アップグレードしてもらったようだ。しかし、部屋は広めなのだが、サニタリーに向けてスロープが作ってあり、そのスロープに沿って壁が作ってあるため、申し訳ないがホテルと言うよりどこかの施設にいるようで落ち着かなかった。ただし風呂も広めで、湯船の外で体も洗えるようにしてあり、そのあたりはよい。洗面台も独立している。しかし、ソファーも椅子も無いので、ベッドに座るしか無い。夕食まで時間があったので、歩いて港に行き3枚スケッチした。  6時30分から夕食。10品の和会席だ。アワビの焼き物がうまかった。お造りは昼においしすぎるのを食べたせいか、比べてしまった。仲居さんにとてもお年を召した方がいて、話していたらなんと87歳とのこと。感服した。